フライング・ブラボー

フライング・ブラボーとは
演奏が完全に終結する前に発せられるブラボーのこと。
フライング拍手も然り。

今までわたしは、フライング・ブラボーにしても、フライング・拍手にしても
演奏家の集中力をそぐ行為だと思って嫌っていたのです。
だから、聴きに行った演奏会でフライング拍手があったりすると
(あっちゃー、誰かがやっちゃったなぁ。演奏家が気にしなければいいのにな)と思っていたのです。

なぜならフライングブラボーも拍手も
「音楽を理解していない人が(間違って)行ってしまう行為」だと信じていたためなんです。
音楽の余韻を理解できないのではなく
どちらかと言うと音楽の終わりを理解できなくてしてしまうと思っていました。

でもフライング・ブラボーは演奏家にとって究極の「いやみ」であり最大級の「ブーイング」であるということを今回のレッスンで師匠から教えてもらいました。
多分日本の演奏家が舞台に立ちフライングブラボーを受けた場合
「ああ、音楽の最後がわからない誰かが、わからずブラボーをしたんだなぁ」と思うと思うのです。
けれどクラッシックの最前線で演奏する演奏家は
「わたしの、この演奏の、何がわるかったのだろう?」と悲しく思うのだと教わりました。

師匠とどうしてこんな話になったかというと
http://mylte.blog.drecom.jp/tb_ping/923
この話。
どうしてディスカウはヘルの手を離さなかったのか?って聞いたんです。
そしたら
「あれは2つ理由があったんだよ。」と師匠が答えてくれました。
その理由の1つがフライング・ブラボー。
この冬の旅はとってもいい演奏会だったとビデオで見たわたしも思うのです。
師匠はこの演奏会を生で聞いていたそうです。
この日のディスカウはとても調子もよくとってもいい冬の旅だったそうです。
録画を後で見たら、ディスカウの声が年取って聞こえてショックだったんだよ。それくらい、この日の本番のディスカウの声は衰えを聞かせなかった、のだそうです。
が、冬の旅の最後の和音の音がなっているうちにだれかが
「○○ブラボー」と誰かが叫んだんです。
そのあとのディスカウの悲しそうな顔。
とってもとってもディスカウにはショックだったのだそうです。
何がわるかったのだろう?
あそこでブラボーを叫ばれるようななにかをわたしはしたのだろうか?
そしてこの楽曲がわるかったのだろうか?と。。。。。
そんな気持ちの混乱もあってヘルの手を離せなかったのだろうといってました。
う。。。。。
そんなに悩ませてしまうことだったんだとは。。。。
この日ディスカウは眠れなかったんだそうです。
それくらいフライングブラボーの罪は重い。
クラッシックが判る、判らないではなく、音楽をちゃんと楽しめたらフライングブラボーはなくなるのではないかと思います。
これからはフライングブラボーのたびに心が痛むようになるのだと思います。

それにしてもこの後も来日して歌ってくれたディスカウには感謝です。
このあとの89年の来日がなければわたしはディスカウのライブは聴いていません。
日本を、東京を嫌いにならないでくれて心から感謝します。

















もうひとつの理由はまた今度。

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