上手いと下手の境界線

発声、色々トライしてますがかけません。
文章で説明する切り口が決まらないのです。
そんなことを考えつつ、途中の文章もたくさんある先週の夜、こんなテレビ番組を「偶然」みました。

薬師丸ひろ子はわたしが中学生、高校生の時のそれこそアイドルで露出も高く
私にしては珍しく日本人にしては映画も見て、音楽も聞いた人かもしれません。
日本のフィービー・ケイツだよなぁ、って思ってたわ、そういえば。

今回久しぶりに彼女の歌を聞いて、ああ、歌ってこうあるべき、って思ったの。
そう思ったら最後まで見ちゃった。

その話を一緒にターナー展に行ってくれたこみこみ妻に話したらいろいろなことが腑に落ちたの。
そうか、わたしが歌を聴いたときに「上手い」と思うものを薬師丸ひろ子はしてくれているのだと気がついたのです。

ロック、クラシック、歌謡曲
どんなジャンルであれどんな歌をわたしは「上手い」と思うのか?

言葉がきちんと聞こえること
喋り声でなく、発声法で歌っていること

喋るときの声帯の使い方と歌うときの声帯の使い方は基本的に違うと思うのです。
特に日本語は。
それをラップであっても、喋るところで歌ってしまったら、それは語りであって、歌ではない。
もっといったらきちんとした語りは歌と同じ発声法を使っているように思うのです。
そして言葉をきちんと理解して歌う。
それはきちんと聞こえるのです、その言語として。
何を言っているかわからない、というのはわたしは下手な歌だと分別しちゃうのです。

こみこみ妻いわく、
日本人の歌手と呼ばれる人々の5割は喋るところでしか歌っていないし
それに気がついている人がどれだけいるか?
ハモネプなんかをみていても、喉でうたっている人を名のあるプロデューサーたちが絶賛するというのです。
ほんと?
でもそれが日本の芸能界みたいよ、とのこと。
そして大きく驚いたのが、
声が大きい=上手い
と思う人が多いということ。

え?そうなの???
大きい声ではなく、響く声の間違いじゃなく?と思わず聞き返したら、
どうやら大きい声、が歌の上手いことの基本になっているとのこと。
マイクって何のためにあると思う???
ってわたしがいったら

そういう考え方は私以外といるときは異端児になるから気をつけたほうがいいよ

だそうですw

どの言語でも、詩にすることにより、その言葉がより美しくなり強くなり、
それが音に乗ることによって、人の心に届くのだとわたしは思うの。

でも口語体の曲がポップスの世界では増えてるでしょ?
やっぱり私たちは異端児なの。
正しい、正しくないじゃなくて、そういう風潮なの。
わたしはもう高校生の時にあきらめたわよ。
クラシックのどこがいいの?って人が多い世界だったから。
世間はそうだってあきらめたほうが楽よ。

目からうろこぽろぽろでした。

薬師丸ひろ子はもともと合唱の歌い方がベースにあるし、女優さんだから言葉へのアプローチが敏感なのね。
だから私の思う上手な歌を歌ってくれる。

彼女が歌ったからこそ

好きよ
でもね
たぶん
きっと

この歌詞の後彼女は何という言葉を考えているのか?と思いながら聞いたんだった、高校時代に。

上手い人はたくさんいる。
でも上手くても嫌いな歌手もたくさんいる。
その上手いと思う場所がずれるからなんだと改めて気がついたのは遅い?

素直に歌うことで
そこにある詩と曲を聴いている人の心の奥にまで届けられるような歌手ってどれだけいるのかしら?
目指す歌は、たぶんきっとそこにあるのだと思う。



詩を音楽に乗せられる歌手になりたいな。

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この記事へのコメント

2013年12月20日 23:37
世間で言う「大きい声」は声楽の「声量」とは別物みたいですね~!声楽の先生が「ノドで作られる声量なんて、たかだか知れているの!」と言っていたのを思い出しました。声は、遠くまで通って、届いてこそ「声量」ですね。☆☆言葉も届けるの、難しいですね~・・・さすが境界線! それにしても、発声を文章にして説明出来るのは凄いと思います。
2013年12月22日 22:47
なるほどなるほど。薬師丸ひろ子ですか~。彼女の滑舌は良いですね。歌はわかりませんが、ナレーションは聞きやすいです。

私の所属する合唱団ソプラノに、声の大きな人がいます。若いから、力で出しちゃってでちゃうのでしょうが、どうしても低めになってしまうようでピッチが合わなくて周囲にいると、私はどうして良いかわからなくなります。そして、最終的に客席には届かないのです。響きだけが会場に届くのですね。喉で押し出した声は聴衆には聴こえないっていうことのようです。

私のことを言うのは自慢のようになってしまうのですが、ウィーンの楽友協会ホール(あのニューイヤーコンサートの)で歌った時、ソプラノ5名いたものの、一番後ろの席にいた夫に聴こえたのは私の声だったそうです。正しい音程、力で押さない響きだけがホールの一番後ろにいながら、さらに後ろというのか頭の上からまわってきたように聴こえたそうです。他の方々の方が、ステージ上では大きく聴こえていたんですけどね~。
私のちょっと自慢な嬉しいできごとでした。
Lucia
2013年12月24日 00:16
私は数人に聞こえればよいお喋りの声と歌声は
声帯を使う場所が違うと思うけれど、
朗読や舞台演劇の声と歌声は同じだと思う。

ママさんコーラス風の喉の奥を開けたような声の出し方でセリフを言っても客席に届かないのだから歌声でも届くはずがなし。
舞台との間にオケという壁があったらもう、絶対にかき消されるものね。

だから、舞台声が良い舞台俳優さんは歌声も良いし、歌詞も明瞭。
無理矢理子音を立てなくても、自然に明瞭なのね。

薬師丸ひろ子の歌声は素直よね。無理がない。
淡々としていて、感情がのめり込む部分が全くないのが、欲求不満ではあるけれど。

イタリアンポップスの歌姫というと、代表はミーナだけれど、歌い方は好きでもない。
でも、こういう歌が歌えるのは、やっぱり凄いな、と思う。
http://youtu.be/aaIXgplEz70

歌い方が好きなのはセリーヌ・ディオン
それも、母語である仏語で歌っている時
好きなフレンチポップスNe Me Quitte Pasを歌っている動画があったので
http://youtu.be/Lxjw5UtOTz8
2013年12月24日 22:50
ぬえ様
地声が大きくても美しくはないし、響く声には太刀打ちできないんですけど、あまり知られていないようですよね。
発声についてはほんとうに書いては消して、書いては消して、の繰り返しです。
声は聞かせてなんぼなんですね、きっと。でもやりかけてしまったのでもうちょっと頑張ってみます。
2013年12月24日 22:53
yu_mamaさま
声が大きい人って音程が甘い気がします、個人的に。
声が大きいからその自分の声に酔ってしまって細部に気が配れない歌になるんじゃないかしらと思っています。
声がないわたしなんかは細部にまで気を配らないと会場の後ろまで届かないですからね。
響きでホールの後ろまで届けるのはいい発声が身についておられるんですね。うらやましい♫
2013年12月24日 22:57
Luciaさま
そう、声はオーケストラを越えることができるのですものね。
オペラなんか、オケの後ろ?上?で歌うだけじゃなく、舞台袖で歌ったりもするけれど、聞こえますものね。
意識改革してほしいなぁ、って思うこと多いです。
薬師丸ひろ子は歌手としてはいい歌手ではないと思うのですが、あの姿勢がわたしの目指す場所かなと。
無理のない発声が届ける言葉。
セリーヌ・ディオンもフレンチポップになると、言葉が素直に飛んできていていいなって思いました。

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