音楽仲間Ⅻ@みなとみらい小ホール


この演奏会の企画は毎年あるみたいで、竹生島の大祭前に聴くコンサートとなってます。
師匠のBrahmusなんて何年ぶりでしょう?
近頃はフランス歌曲を歌われることが増えたのでドイツリートは久しぶり。
やっぱり師匠の歌はリートがいいと思うのです。

テーマがあったのかしら?と思うプログラム。
Schumann率高し!
Schumannつながりで行けば師匠が歌ったBrahmusもファミリーだしね。
ただ聞いていても整理のついていないSchumannはもったいないなぁと思うのです。
聞いているととってもすてきだなぁと思うのは、やっぱりきっちりSchumannを学び理解した人の演奏だったのだと気がついたのが近頃。
他の作曲家のように感性だけでは演奏できないことに気がつくと演奏が変わるんだけどなぁと思う演奏もあり。
Schumannを演奏できる技術があるならば、もうちょっと頑張れ!と技術のないわたしなんかは強く思うのでした。

久しぶりに同門生のこみこみ妻と聞いたのですが、2台ピアノか連弾したいねーでもりあがる。
アンサンブルはしたいと思うのですが、現在はその環境がないの。
リートもアンサンブルなんだけれど、現在はピアニストさんが忙しくてそこでもアンサンブルは途絶えているのでなおさらやってみたいとなるのだと思う。
学生時代のように遊びでいいからやろう、といえるのはいい環境だと改めて思うことができました。

師匠のBrahmusは端正なBrahmusでした。
聞く側との距離感をきっちり計ってるんだろうというふうに聞こえる=押しつけがましくないのです。
そこもやはり師匠らしいと思うのです。
師匠もE先生も作曲家にあわせて音色なりアプローチを変えてくるのはさすが。
ピアノは特に軽そうに弾いていてそれでもしっかり重厚な音になってるのが不思議。
逆に師匠はそこまで声に重さや太さを見せずにBrahmusになってたのもわたしにしてみれば不思議なこと。学ぶことはつきないのです。

こういういろんな演奏家の続くコンサートは気づきが多い。
あ、そう考えるんだ。と一瞬にして冷める瞬間もあるし、テクニックがつたなくてもこの演奏家さんはテクニックが追いついてくればもっといい演奏になるとわかる瞬間もある。
音楽をわかっている人に向けた演奏と、観客を見下している演奏もわかるもんだなと新たな視点も生まれた気がします。
聞く側に感じる余地を残してくれない演奏は好きではないのでありました。

今回のコンサートではこみこみ妻と彼女のお友達、そして先輩のOさんと会えたのも楽しかったことの一つ。コストの関係で深夜バスで新潟に帰ることにしていたのは失敗だったなぁ。
もうちょっとコンサート後に話したかったと後悔しました。
込み込み妻のお友達にはドイツ・リートのCDのコピーをお渡ししたのです。奇しくもSchumannの女の愛と生涯。リート好きになってくれるといいな。

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