2017.10.14/レッスン

R.Strauss  Allerseelen 3回目 一人レッスンでした。

レッスンで高速バスの往復を使ったのは初めてかしら?
バスはアパートの目の前から出るのでありがたいんだけれど、突発的な渋滞で時間が読めなかったり。帰りのバスの最終が電車より2時間近くも早かったりするので使ったことがなかったのです。
でも今日はいきなりの雨で寒いし、たぶん最終バスには間に合うという時間帯のレッスン。思い切ってバスを使って正解でした。お家の前から乗って、下りられる、というのは体力的にも楽でした。
自分用のメモ。丸ノ内線の東京駅の到着時間から10分あれば、高速バスに乗り換え可能。

調子が良い方のレッスンだったように思います。
発声が上手くいくとそう思えるのかもしれません。
息の通り道を間違えて使っていると楽器が下がってこないので、息の通り道の位置を犬(もしくは狼)の遠吠え、うなり声、のまねで確認できるとわかったのは大きな収穫。
楽器はしゃべっている位置だとかなり高いのは自覚でき始めていたのですが、無理矢理下げてもすぎに上がってくるのね。息の通り道を正しい位置から確保すると自然と下がるもしくは、下がったままの場所にあるというのは新発見に近いかも。
思い込みというか、既成概念というものに結構支配されてるという点も数点指摘されてふむ、となる。
まずリップロールは苦手なのでどうしても手で頬を上げないと出来ないと思い込んでいる節があるということ。
手の補助は使わない。
息が足りないのではなく、息が通る位置を間違っているだけだから息の到達点と流れの向きを変えろ、といわれる。頬を持ち上げるのは息が足りないときの補助なのか。言われたとおりにすれば手の補助はなくてもリップロールになるからここは頭の切り替えが必要な場所の1つ。
2つめは高音の定義。自分の中でこの音からはわたしにとっては高い音となる。だから意識して体作ることが必要、と思う位置がかなり違ったと言うこと。長2度ほど誤差があったの。この高さはミルテはそんなに力まなくても出る音域だよ、もっとリラックスして軟らかく出るはずだから力抜いて出してごらん、という箇所がえ?まじ?の高さまであったの。
でもね、力抜いても出るんだ、これが。ここも意識改革が必要。
最後は口腔蓋の上げかた。口を開けすぎない、と何度言われたか。口腔蓋を上げろと言われると無意識に口が縦に大きくなっていたようで、指摘されて初めてきがついた。
あごを下にも引っ張って口を開ける=大きく口を開けるかたちになっていて、あごの力をぬいても出来るから、と言われて目から鱗。あ、あごに力はいっていたわ、って感じ。
たしかに口を開けなくても持ち上げられる場所がわかったので、これも頭の中の書き換えが必要。

曲は初めてのことをやろうと言われて指示されたのが指揮しながら歌え、というものでした。
ピアニストのテンポではなく、音楽の流れのテンポではなく、歌い手が音楽を支配しなさい。
ミルテのテンポで、ミルテの音楽にするように指揮をしながら歌いなさい、との指示。
最初はテンポの指示なのかと思ったけど、そんなに甘いわけがなくw
音楽やピアノに合わせて指揮をするのではなく、自分に自分の頭の中にある音楽のために指揮をしろ、と。わかるような、わからないような、「あわせてはいけない」をめざして指揮をしながら歌う。
タクトを降ろしたときの点の扱い方。点と点の間の空間の使い方。
点であわせる場所(子音とか母音とか)を自分の意志で決めて、しっかり合わせていく。
結構細かく考えていたつもりだったけど、流して歌ってたわ、って箇所多数。
子音と母音は分けていたつもりだけれど、その認識すら甘いのが分かった。
で、そこに発声考えて歌えと言われるとパニックwできないって、指揮考えて発声考えるなんて。で、どうなるかというと指揮はとまらず、歌が止まる。
でもそれでいい、それを繰り返しなさいとくる。
指揮をしながら歌うと音楽の密度も声の密度も高くなってとてもいい、と言われる。
ほんとか?って思ったのが顔に出たのね、後で録音聞いてごらん、かなり変わったから、と仰る。(はい、録音を聞けばよくわかりました)

数年前コーチング、といったとき師匠は?のご様子だったのですが、近頃勉強したでしょう?という言葉が多数あっておや???でした。
脳の学習の仕方、脳に一番悪い言葉が「できないかも」とか「出来ない」の2つ、出来ると思ってやること、きちんと意志を持って学習したときには脳の学習取得というのはとてもはやいので、そこのシナプスを強化する、とか、出来ないからやらないというのは一番ダメで、やろうと努力しながら練習することが効果を生む、とかね。
わたしのコーチングの先生にコーチング習ったでしょう?と思う発言多数できいてみたかったのですが、なにかの雑談の時にでもきいてみますが自力で学んだんだろうなぁとも思うのです。
いい指導者というのは結局自力でコーチングを取得するのかもね。
何度「あきらめたらだめ」となんど指摘されたでしょう、今回のレッスン。基本ネガティヴなのでちょっとだめになるとあれ?なんだけれど、コーチング的にはそれもだめなのですがその辺は見透かされているのね。
あとは「自分に望むこと」というのも何度も指摘されました。
聞くことはできているんだから、今度は演奏する自分に望むこと。
望めばできるのから、自分には手の届かない物とはしないこと。
聴いて分かるというのは普通のことだと思っていたのですが、この場合の「聴く」は分からない人も多いとのこと。そうなの?って思うけれど、自分に課すのはやはり難しい。

あとさすがAタイプの勘もちですね、というのが奥様のE先生。
あと2曲あるのに1曲のレッスンでいいいの?といわれて、あれ?わたし3曲目お願いしたっけ?と思って確認したら、ZeitloseとDu meines Herzens Kröneleinでしょう?と言われて、はい、そのとおりでございますだったんだけど、3つめの曲は言った覚えがないのよね~。記憶喪失か???
今日は新しいことたくさんやったからこれだけ。次は3曲ね、と師匠。
えっと、3曲なんだ。Du meines Herzens Kröneleinはまだしっかりみてないのでこれは要練習。
とにかく普段の練習に指揮をしながらという練習を追加してくるように、との宿題。
次ぎは2週間後、こちらも一人レッスンとなりそうです。

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